2014年08月15日

8/15 平和への思い新たに

 8月15日は、終戦記念日(実は敗戦の日)。全国戦没者追悼式をテレビで視聴しながら、私も、平和への思いを新たにしました。
 しかし、平和を願う思いは誰もが共通のはずですが、今、平和の危機を強く感じている人は、少なくないと思います。
 敗戦から70年の大きな節目を直前にして、戦争を直接体験した人々が少なくなり、戦争の悲惨と平和の尊さが風化しつつあることを憂える声もりあります。それ以上に、安倍政権が集団的自衛権の行使容認を閣議決定したことによって、戦争が出来ない・しない国だった日本が、戦争の出来る・する国に変えられていくことを、多くの人々が心配しているのだと思います。
 9日の長崎平和祈念式典の平和宣言で、田上市長は、集団的自衛権に言及し、「不戦の誓いや平和の原点が揺らぐ不安や懸念」を表明しました。6日の広島平和宣言でも、集団的自衛権には直接触れなかったものの、「唯一の被爆国である日本政府は、我が国を取り巻く安全保障環境が厳しさを増している今こそ、日本国憲法の崇高な平和主義のもとで69年間戦争をしなかった事実を重く受け止める必要があります。」と、平和への取組が強く訴えられました。 
 こうした中で安倍首相は、長崎の平和祈念式典の日、被爆者団体代表との面会の後、その一人の方が、「集団的自衛権には納得していませんから」と話しかけると、「見解の相違ですね」と応じたそうです。
 「見解の相違」の先には、「問答無用」の声も続くようで、怒りを感じます。国民の不安や心配に真摯に向き合い、丁寧に応答することは、民主政治の原点のはず。国会でも、質問者をやじったり、はぐらかしたり、また論理性を欠く答弁など、首を傾げることが少なくありませんでした。多数に驕る姿勢は、民主主義の否定であり、厳しく批判される者だと思います。
 また、広島・長崎での安倍首相の挨拶は、一部を書き換えただけの昨年の使い回しだったようです。二度とあってはならない原爆被爆・戦争の悲惨に向き合い、核兵器廃絶と恒久平和を追求する真摯さを欠くように思います。
 安倍首相は戦没者追悼式の式辞で、歴代の首相が述べていた「アジア諸国への加害責任」、「不戦の誓い」について、今年も触れることはなく、その歴史認識に少なからぬ違和感を覚えます。先の戦争による犠牲者は、日本人が310万人、アジア諸国で2000万人に上るとされています。この戦争の悲惨、教訓をどのように継承し、不戦・平和をどのように実践、実現していくのか。この課題は、これからもしっかりと、受け止めていかなければならないと思います。
 長崎の平和祈念式典で、被爆者代表の城臺美弥子さんは、「集団的自衛権の行使容認は日本国憲法を踏みにじる暴挙」と指弾し、「日本の未来を担う若者や子どもたちを脅かさないでください」、「日本の真の平和を求めて共に歩みましょう」と訴えました。非核・反戦・平和の思いのこもった、強い、力のある言葉に胸を打たれました。
 毎年、この8月は、戦争の悲惨と平和の大切さを取り上げた新聞、テレビ等の報道が続きます。私も、平和への思いを新たに、共に歩みたいと思います。
<この間の活動>
地域の夏祭り・盆踊り参加(7/19,20)。柏木・連合神奈川会長を励ます会出席(7/22)。相模原地区平和行進団に参加(7/23)。教育出身地方議員団会議に出席(7/24)。地域の夏祭り・盆踊り参加(7/26,27)。教育研究発表大会(7/30)。かな政連鎌倉市視察研修参加(7/31)。「はだしのゲン」上映会参加(8/1)。田名景観植栽活動参加(8/3)。相模原地域連合ピースウイーク活動参加(8/7)。相模原地域連合政策懇談会出席(8/8)。鳥獣議連役員会出席(8/12)。

posted by 江成直士 at 15:37| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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